大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(ヨ)2034号 判決

申請人

株式会社安藤鉄工所

右代表者

安藤俊明

右代理人

司波実

町田健次

柏谷秀男

被申請人

東京証券取引所

右代表者

森永貞一郎

右代理人

円山田作

円山雅也

小木郁哉

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  申請人

1  被申請人が昭和四六年八月一六日付書面をもつて申請人に対してなした東京証券取引市場第二部上場廃止(廃止日同年一一月一七日)の意思表示の効力を仮りに停止する。

2  被申請人は申請人の株式を東京証券取引市場第二部機械業種部門で売買取引させなければならない。との趣旨の判決。

二  被申請人

主文第一項同旨の判決。

第二  申請の理由

一  申請人は、昭和一七年八月一二日設立された、原動機、運搬機、土木建設機等の製作、販売ならびに造船および船舶の修理を営業目的とする株式会社であり、現在の発行済株式総数は四、〇〇〇、〇〇〇株(一株額面金五〇円)である。

二  申請人は、昭和三六年一〇月ころ被申請人との間で、申請人の株式を被申請人の市場に上場させることを目的とする上場契約を締結し、爾来被申請人は、右契約にもとづき、申請人の株式をその市場第二部に上場してきた。

三  ところが、被申請人は、昭和四六年八月一六日申請人に対し「上場廃止および特設ポスト割当について」と題する書面をもつてつぎのような意思表示をした。

(イ)  申請人の株式の上場は同年一一月一七日限り廃止する。

(ロ)  同年八月一七日から同年一一月一六日までの間、申請人の株式の売買取引は特設ポストにおいて行う。

四  右上場廃止および特設ポスト割当の意思表示は、上場契約に定める要件を欠き、効力を生じないものであるから、申請人は、その無効確認を求める訴訟を提起すべく準備中であるが、右意思表示がされたことが公表されて以来申請人の信用は著しく失墜し、取引先から取引の保留、中止および支払条件の変更等を要求され、また銀行取引も大幅に縮少を余儀なくされており、被申請人が同年一一月一七日限り申請人の株式の上場を廃止すれば、申請人の信用失墜はさらに決定的なものとなり、申請人は会社解散のやむなきに至らざるを得ない状況にある。

五  よつて、申請人は、右のような現在の危険を避けるため前記申請の趣旨のとおりの裁判を求める。

第三  申請の理由に対する答弁および抗弁

一  申請の理由第一ないし第三項記載の事実はいずれも認める。

二  上場廃止および特設ポスト割当の理由

1(一)  申請人と被申請人との間の本件上場契約においては、「被申請人が、その定款、業務規程、有価証券上場規程その他の規則にもとづき、申請人の株式について、上場を廃止し、売買取引管理上必要な処置を行うことに、申請人は異議を述べない。」旨の特約があつた。

(二)  被申請人は、昭和四五年二月一日改正した有価証券上場規程中の株券上場廃止基準において、被申請人が株式の上場を廃止し得る一事由として、「発行者が決算に関する財務諸表に虚偽記載を行い、その影響が重大であると被申請人が認めた場合」を追加した。

(三)  また、右株券上場廃止基準および施行規則として被申請人の制定した「株券上場廃止基準の取扱い」と題する内規には、「被申請人が上場廃止を決定した株式については決定の翌日から特設ポストにおいて売買取引を行わせる。」旨規定されていた。

2  申請人は、昭和四六年八月三日被申請人に対し、申請人の第四四期(昭和四五年五月一日から昭和四六年四月三〇日まで)の決算に関する有価証券報告書を作成提出したが、その中にはつぎのとおり虚偽記載があつた。

(一) 売上高および売掛金のなかに、長期にわたる請負工事の進渉度を過大に見積つた結果、金八一、七二六、〇〇〇円が過大に計上されている。

(二) 売上高のなかに、申請人が他より購入した材料を使用した製品が含まれているが、これに対応する材料代金四六、〇〇〇、〇〇〇円が売上原価(仕入代金)に計上されていない。しかし、売掛金の増額とはせず右材料が在庫しているように仕掛品として資産に計上されている。

(三) 次期に属する売上金一四、四〇〇、〇〇〇円およびその仕入原価金一一、七四五、〇〇〇円がそれぞれ売上高および売上原価のなかに含まれている。

(四) 当期に生じた請負工事の過大費用金二一七、八二四、〇〇〇円を完成工事売上原価に計上せず、同額を期末仕掛品棚卸高に計上している。

(五) 期末売掛金および受取手形の貸倒引当金として、少くとも金二五、〇二二、〇〇〇円必要であるにもかかわらず、金一五、〇二二、〇〇〇円しか計上していない。

(六) 以上の(一)ないし(五)により当期の利益剰余金は金三五七、六一二、〇〇〇円過大に計上されている。

3  前記追加された上場廃止基準によれば、虚偽記載の影響が重大であるか否かの判断は、被申請人に委ねられていると解されるところ、被申請人は、右財務諸表の虚偽記載(以下本件虚偽記載という。)の影響が重大であると認めたのであるから、申請人は、その点を争うことはできない。

4  本件虚偽記載は、つぎのような点で影響が重大であつた。

(一) 虚偽記載の個所が多い。

(二) 申請人の発行済総株式の額面総額は金二〇〇、〇〇〇、〇〇〇円であるのに、粉飾額はその一七三パーセントにも達する巨額である。

(三) 虚偽記載の方法が頗る計画的、悪質である。

(四) 適正な決算によれば欠損を生ずるにもかかわらず、金三三、七七七、〇〇〇円の利益剰余金を計上し、年六分の違法な配当を行なつた。

(五) なお申請人は大映株式会社の場合と比較して本件虚偽記載の影響は軽微であると主張する。申請人主張のとおり、被申請人の市場第一部に株式が上場されている大映株式会社の昭和四六年一月期における虚偽記載は、総額金七九五、〇〇〇、〇〇〇円余に及ぶものであつたが、その資本金比では約二〇パーセントにすぎず、しかもこれらはいずれも資産の評価の相違や、取引の約定の解釈の相違から生じたもので悪質とはいえないし、同社が継続して欠損を計上してきたこともあつて違法配当の結果も生じなかつたから、必ずしも重大な影響を有するものではなかつた。

5  そこで、被申請人は、本件虚偽記載が前記株式上場廃止基準に定める上場廃止の事由に該当するとして同年八月一六日申請人の株式の上場廃止を決定するとともに、前記特設ポスト割当の規定にもとづいて同月一七日から同年一一月一六日まで申請人の株式の売買取引を特設ポストで行うことを決めたものである。なお大蔵大臣は、同年九月二七日被申請人の申請にもとづき、申請人の株式の上場廃止を承認した。

6  以上のとおり被申請人のなした上場廃止および特設ポスト割当ての措置は適法なものである。

第四  抗弁に対する答弁

一  申請の理由に対する答弁および抗弁欄第二項1および2記載の事実はいずれも認める。

二  同項3記載の主張は争う。

三  被申請人主張の上場廃止事由である虚偽記載の「影響が重大である」とは、単に発行会社の財務諸表に形式的な虚偽記載があるだけではなく、その虚偽記載と企業内容との間に著しい齟齬があつて、そのまま上場を継続すれば、健全な市場価格の形成を妨げ、投資家の保護に欠けることになる場合をいうものと解されるところ、申請人には、つぎのとおり第四四期の財務諸表と企業内容との間に著しい齟齬があつたとはいえないし、仮りにあつたとしても、直ちに治療されたから虚偽記載の影響が重大であつたとはいえない。

1  申請人はかねてより約金三五〇、〇〇〇、〇〇〇円の不良資産を有しており、他方所有不動産の帳簿上の価格は時価よりも約金一、四〇〇、〇〇〇、〇〇〇円低額であつた。そこで申請人は、所有不動産の一部である東京都中央区勝どき六丁目所在の造船工場敷地(時価約金一、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円簿価は金二九二、一〇〇、三八一円)を売却し、右不良資産を償却することを計画し、昭和四六年四月中には東京都に売却できる予定であつた。

しかし東京都の都合で右売却が遅れたため、申請人は不良資産の償却のみを独立して第四四期の決算に計上することになつたが、その結果欠損金を生じることになり、官公庁等から受注を得るのに支障をきたすので、右不良資産償却の穴を埋めるべく、本件虚偽記載をなしたものである。したがつて本件虚偽記載は何ら実害のないものである。

2  申請人は第四四期において年六分の配当を実施したが大株主および役員は右配当および役員賞与の受領を辞退した。

3  申請人は本件財務諸表の監査に際し、担当の公認会計士に本件虚偽記載を開示した。

4  申請人は、被申請人が上場廃止等の意思表示をなした日の三日後である昭和四六年八月一九日東京都に対し前記造船工場敷地を代金一、〇四四、一六四、〇三〇円で売却した。この売却により本件虚偽記載の欠陥は治癒された。

5  被申請人の市場第一部に株式が上場されている大映株式会社は、昭和四六年一月期の決算において、金七九五、〇〇〇、〇〇〇円の欠損金を計上せず、有価証券報告書に虚偽記載を行つたが、被申請人は同年六月七日同社の株式の上場廃止は行わないことを決定した。本件虚偽記載は、金額において同社の半分以下であつて到底影響が重大であるとはいえない。

第五  疎明〈略〉

理由

一申請の理由第一ないし第三項記載の事実は当事者間に争いがない。

二本件上場契約については、「被申請人がその定款、業務規程、有価証券上場規程その他の規則にもとづき、申請人の株式について上場を廃止し、売買管理上必要な処置を行うことに申請人は異議を述べない。」旨の特約がなされたことは当事者間に争いがない。上場契約が、多数の会社の発行する株式を売買するための有価証券市場を開設する証券取引所と個々の発行会社との間に、個別的に、当該発行会社の株式を当該市場で売買取引することを認めるために締結され、しかも、その契約による有価証券市場への上場および上場の廃止は、監督官庁である大蔵大臣の承認を法定条件とされている(証取法一一〇条、一一二条)ことを考えると、右特約は、被申請人の定款、業務規程、有価証券上場規程その他の規則を、いわゆる付款とし、右諸規則が変更される場合には、その変更後の規則に基づいて当事者間の法律関係を律することを約したものと解するのが相当である。もちろん、右諸規則の変更が合理的な理由に基づくものでなく、申請人に著しく不利益を課するような場合には、その特約の効力について問題となる余地があるが、被申請人のした後記上場廃止基準という規則の変更については、申請人は、特段の主張をしていない。

三被申請人が昭和四五年二月一日有価証券上場規程を変更しその中の株券上場廃止基準に、株式の上場を廃止すべき場合の一事由として、「発行会社が決算に関する財務諸表に虚偽記載を行い、その影響が重大であると被申請人が認めた場合」を追加して掲げたことは当事者間に争いがない。

四申請人が被申請人に作成提出した第四四期決算に関する有価証券報告書に、被申請人主張の各虚偽記載があつたことは当事者間に争いがない。

被申請人は、財務諸表に虚偽記載がある以上、影響の重大性の判断は、被申請人に委ねられ、申請人は、その点を争つて、上場廃止の効力を否定することはできないと主張する。そして当事者間に争いのない前記事実によると、被申請人の主張も首肯し得ないではないが、株式の上場によつて、発行会社は、株式の流通の円滑化により、資金の調達が容易となり、また知名度が向上することにより信用も増大するという利益(これに対応して、発行会社は上場手数料および年賦金を支払うのである)を得ていることは、顕著な事実であるから、前記上場廃止基準の追加条項は、財務諸表に虚偽の記載があり、かつその影響が重大であると客観的に認められる場合に、はじめて被申請人は、上場廃止をすることができると解するのが相当である。被申請人の右主張は理由がない。

五そこで、上場廃止事由の要件である、本件虚偽記載の影響が重大であるか否かにつき、判断する。

1  〈証拠〉によれば、申請人の代表取締役安藤俊明は虚偽記載になることを認識しながら本件虚偽記載のある第四四期の財務諸表を作成したこと、本件虚偽記載の結果貸借対照表においては、売掛金は金一八九、五三六、一五三円のところが金二八五、六六二、一五三円に、仕掛品は金三四二、八七八、〇六〇円のところが金五九四、三六四、二四六円に貸倒引当金は金二五、〇二二、八四三円のところが金一五、〇二二、八四三円に、当期欠損金三四〇、〇一八、〇五五円のところが当期利益金一七、五九四、一三一円にそれぞれ過大または過少に計上され、損益計算書においては、売上高は金一、二六一、四三五、三一〇円のところが金一、四〇三、五六一、三一〇円に、売上原価は金一、三四四、九一三、五四三円のところが一、一三九、四二七、三五七円に、営業損失は、金二〇九、〇五四、一七五円のところが営業利益金一三八、五五八、〇一一円に、当期欠損金については貸借対照表と同様にそれぞれ過大または過少に計上されていることが認められ、これに反する疎明はない。

2  申請人が第四四期において株主に対して年六分の配当を実施したことは当事者間に争いがない。

3  ところで、株式会社の決算に関する財務諸表は、会社の責任財産の内容だけではなく、当該決算期における営業状況と収益力をも明らかにするものであるが、本件虚偽記載は、申請人の財産を過大に表示しただけではなく、第四四期の営業成績にに虚偽の数字を計上したものであり、しかも、実際にはいずれも発行済株式の額面総額の一七〇パーセントに達する大幅な欠損金および一〇〇%をこえる営業損失を生じているにもかかわらず、利益剰余金および営業利益が生じているようになつていて、申請人の株式に関心を持つ投資家の申請人の株式の価額に対する判断に多大な誤りを与えたであろうことは経験則上容易に推認され得る。以上の点に申請人が故意に本件虚偽記載に及び、これをもとにして株主に対する違法な配当を実施したことを斟酌すれば、本件虚偽記載は申請人の株式の適正な価額の形成についてのみならず、一般投資家の証券取引に対する信用を減じさせたことも容易に推認されうるところであつて、本件虚偽記載は前記上場廃止事由にいう「影響が重大なもの」といわざるを得ない。

4  この点に関し、申請人は、その所有不動産の一部の売却により虚偽記載の欠陥は治癒されたと主張する。そして〈証拠〉によれば、申請人は昭和四六年八月一九日東京都に対し申請人主張の造船工場の敷地を代金一、〇四四、一六四、〇三〇円で売渡したことが認められる。しかし、右売却により申請人主張の特別利益を生ずるとしても、それは申請人の責任財産を帳簿上本件虚偽記載の結果から回復させるにすぎず、到底前記投資家がなしたであろう判断の誤りや信用に対する疑惑を大きく軽減させるものではないと解させるものではないと解されるから、右売却により特別利益を生ずることをもつてしても、前記影響の重大性の判断を左右するものではない。

5  申請人は、また、大株主および役員が第四四期の配当金および役員賞与の受領を辞退したと主張するが、この事実を加味してもなお前記重大性の判断を左右するに足りない。

6  申請人はさらに大映株式会社の場合と比較して影響の重大性を争つている。

(1)  大映株式会社の株式が被申請人の市場第一部に上場されていること、同会社は昭和四六年一月期の決算に関して作成した財務諸表において金七九五、〇〇〇、〇〇〇円の欠損金を計上せず虚偽記載を行つたことは当事者間に争いがない。

(2)  〈証拠〉を総合すれば、同会社はすでに前期において多大の欠損金を計上しており、前記虚偽記載によつてもなお金三二億余円の繰越し欠損を生ずること、前記虚偽記載は同会社の経営収支に影響を及ぼすものではないことが認められ、これに反する疎明はない。

(3)  以上の事実によれば、同会社の前記虚偽記載の影響は、申請人の本件虚偽記載ほどには重大なものとはいえないから同会社との比較に関する申請人の主張は理由がない。

7  他に本件虚偽記載の影響が重大であるとの認定に反する疎明はない。

六被申請人が、申請の理由に対する答弁および抗弁第二項1(三)記載のとおり特設ポスト割当に関する規定を設けていることは当事者間に争いがない。

七以上の判示によれば、申請人が決算に関する財務諸表に虚偽記載を行い、その影響が重大であつたとして、申請人の株式の上場廃止を決定し、廃止までの間特設ポストにおいて売買取引を行う旨の被申請人の意思表示は、有効であるというべきである。

八本件仮処分の申請は、被申請人の上場廃止等の意思表示が無効であり、申請人は被申請人に対し上場契約にもとづきその株式の上場を求める権利を有することを前提として、現在の危険を除去するための仮りの処分を求めるものと解されるところ、被申請人の前記上場廃止等の意思表示が無効であることの疎明はないから、本件仮処分の申請は、理由がなく、また保証を立てさせてこれを認容するのも相当でないので、結局却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(安岡満彦 井関浩 広田富男)

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